• 印象に残った経験をされた司法書士様の
    体験談をご紹介いたします。


  • new
  • 中村 直子 様
  • 『司法書士行政書士 中村事務所』
  • ■開業地:岐阜県岐阜市 ■合格年度:平成25年度 ■開業年度:平成26年度
    ■ホームページ:https://www.pome-nakamura.com/
  • 遺言執行の依頼から、まさかの里親探しに!
    仕事がつなげていく点と点、その先にある世界のお話。
  • 今までお仕事されてきた中で、印象に残っている案件について教えて下さい。
  • 遺言執行の依頼を受けたんですが、依頼者の方はお子さんのいらっしゃらない一人暮らしの女性で、もとは教師をされていた方だったんです。かつて教え子だった方からの紹介でした。とても知的な方で、毎日訪問する先を持っていたり、お昼はお弁当が自宅に毎日届くように手配されていて、もしお弁当を受け取らないようなことがあったら自分は死んだと思ってほしい、とあらかじめ伝えられたりしていて、先々のことを見通しながらご自身の身の回りのことをよく考えられていました。遺言の依頼をされたのもそういった一環だったんだと思います。
  • 孤独死がクローズアップされる時代に、とても参考になるお話です。
  • なので、彼女が亡くなってそのことがわかるまでは本当に早かったんです。私もその日のうちに連絡を受けて、遺言執行にあたっての現状確認で彼女の家を訪問したんですが、季節は夏で、戸建ての家の中はクーラーがきいたままの状態だったのを覚えています。ついさっきまで、そこで暮らしていらっしゃった、その空気がそのまま残っているようで、なんとも言えない気持ちになりました。でも、実際はそんなことを感じていたのもつかの間の話で。家の中に猫がびっくりするくらいたくさんいたんです。私たちが家の中に入ると猫たちが隠れてしまっていたこともあるし、そもそも数が多すぎて、いったい何匹いるのかもわからず、結局遺族の方が屋内に防犯カメラを設置されてしばらく観察することでやっと把握できたのが20数匹。当然その間も夏で暑いので、猫たちのためエアコンはつけっぱなしにしながら、遺族の方が3日に1回は餌とエアコンの動作確認のために遠方から来られてました。

    猫については、遺言の依頼をお受けしたときから、依頼者の方が屋外で野良猫の世話をされているのは聞いてたんですね。でも、その時は2匹と言われてたんです。だからきっと、その後の数年間で、室内で飼うようになったり、子供が生まれたりで増えていったんでしょうね。元々野良猫とはいえ、もう飼い猫。家の処分にあたって猫たちを野に放つわけにもいかず、でも当の猫たちは餌をもらって生きていくのが当たり前になってしまってて。遺族の方は遠方に住まれていてとても飼育が可能な状態ではなかったし、色々と難しい状況だったんです。可愛そうだけど、すべての猫たちを救うことはできないなかで、せめて3匹いる子猫だけは、何とか里親を探し出そう、ということになったんです。
  • 遺言執行者の役割に里親探しの部分も含まれるんですか?
  • いえ、そこはもう完全にこちらの持ち出しです。そのまま見て見ぬ振りはできなかったんですよね。依頼者の方の一人暮らしの晩年において、彼女が猫たちに寄せていた気持ちとか、猫たちが彼女にとってどういう存在だったのか、みたいな部分について考えると、遺言執行者としての役割を形式的には全うしたからそれでいいかというと、割り切れない部分があって、だからもうこれは仕事とかそういう話ではなかったんです。個人的な気持ちとそれに伴う行動というか。うちの事務所の福井さん(※司法書士 福井圭子先生)が動物愛護意識が非常に高い人だということもおおいに関係があるんですけど(笑)。
  • そこからどんな風に動かれたんですか?
  • すぐに動物愛護団体とか、猫カフェとか、色々なところをあたってみたんですけど、意外と引き取ってくれないんですよ。猫を手放したい人自身が偽装して連絡してくることが割とあるみたいで、それを安易に引き取ってしまうのはどうか、というのがまずあるんでしょう。自身が預かったはずの命の責任を簡単に放棄させてしまうのは、色々とまずいですよね。あとは、現に殺処分になりそうだったりとか、より差し迫った段階の動物を優先して保護する必要性もあるんだと思います。だから引き取りについて直接してくるような連絡に対してはそういった対応にならざるを得ないのだろうなと思います。結局、もうこれは知り合いを通じて地道に里親を探すしかないな、ということになりました。

    とはいえ子猫も成長してしまうと、引き取り手が見つかりにくくなってしまうので、あまり時間的な余裕はなくて。あと、里親として引き取ってくれたはいいものの、飼い続けることができずに手放してしまうようなことも往々にしてありえるので、なるべくそうなりにくいであろう里親の条件も設定しました。子供さんが既に独立した夫婦の方だったり、子供さんがいらっしゃらない夫婦の方、あとは猫をきちんと飼ったことのある方、みたいなかたちですね。里親を探すにあたっては、候補の方との面談や子猫との対面が出来るように、一匹ずつ子猫を連れ出して私の事務所に連れてきたんです。本当は子猫のことを考えても事務所に隣接する自宅がよかったんですけど、夫が重度の猫アレルギーでとてもそれは無理だということで、何とか事務所ならOKと夫の許可を得ました。そうやって一匹ずつ連れ出すのも、ことばで言うのは簡単なんですが、実際はもう本当に本当に本当に大変で。この部分は私ではなく遺族の方のご尽力で全てやっていただけたことなんですが、そもそも隠れている猫たちの中から該当の子猫を見つけ出さないといけないわけです。もう彼らとの関係づくりからスタートするわけですよ。で、手荒なことは回避しながらやっとのことで子猫を連れ出せたら、そのあとは獣医に連れて行って、猫エイズの検査をしたり。検査などの実費や餌代をご厚意で出していただいただけでなく、全ての部分で、遺族の方の全力でのご協力があったからこそなし得た話だったと思っています。

    そうやって連れてきた子猫を、今度は知り合いをたどりにたどって、こちらの設定した条件に合う里親候補の方たちに対面させていったんです。そんな最中にですよ、一匹の子が、夜中にゲージを脱出したことがあって。子猫の生体反応で事務所のセコムが自宅の方でも鳴り響いて、何が起こったと飛び起きて事務所に入ると当の子猫がいないんです。でも物理的に事務所から出られないようになっているから、このそう広くはない事務所の中のどこかにいる、みたいな。それはもう巧妙に、棚の隙間でじっと身を潜めて隠れていたのを見つけたのは数時間後で、もう外が明るくなり始めてました。まさか自分の事務所の中で子猫一匹探し出すのにあんなに時間がかかるなんて想像もしなかったです。その時はもう心身ともにぐったり疲れ果てて、私はいったい何をしているんだろう…と。でもあの子猫の気持ちもわかるんです。今まで暮らしてきたところから急に連れ出されて、夜の間だけとはいえゲージに入れられて、ひとりぼっちで。
  • 誰も悪いわけじゃなくて、何とかいい出口がないかっていう。
    グッと来てしまいますね…。
  • 幸いどの子猫も、最終的には一週間くらいで良い里親の方たちに巡り合うことが出来て引き取られていったんですが、その問題の子猫は里親の方の元にいく中継地点のお宅で、また隠れる事件を起こすことになります(笑)。 今となっては笑い話なんですけどね。その後ですが、避妊・去勢手術を遺族の方の出費でしていただけることになっていて、手術は生後半年くらい経った頃に行うのがよいとされているのもあって、それまでの期間は里親の方たちから子猫たちの写真を送ってもらったりしながらフォローしてました。今でも様子は時々間接的に聞けていて、子猫たちは無事健康に成長しているみたいです。

    これにはその後に続く話があって、ある知人が子犬の里親探しをすることになったときに、子猫の里親探しの様子を知っていたからなんでしょうけど、協力を依頼されたんですね。「中村さんならきっといい里親を見つけてくれる!」みたいな感じで(笑)。 もう正直里親探しはこりごりみたいなところはあったんですけど、熱意に負けてお手伝いというか、むしろ私がメインでその話を進めるみたいになってしまって。詳細は省きますが、この時もこの時で大変だったんです。紆余曲折あった末に、里親探し期間中はまた子犬を我が家で預かっていたところ夫の情が移ってしまったこともあって、今ではうちの家族になりました。(※写真の左側がその犬、うめ太郎くん = 愛称 うめちゃんです。) それから遺言執行の話にも続きがあって、本当は売却等の処分をされるはずだった依頼者の方の家はそのまま残されることになり、遺族の方が遠方から通われながら、猫たちの世話を今もされています。
  • 一連のことが進んでいく中で、起こらなかったはずのことが起こった、
    どこかで世界が枝分かれした、そんなお話でした。
  • 子猫たちの里親を探したこと、依頼者の方が猫たちと一緒に暮らしていたこと、そもそも遺言の依頼を受けたこと、それらのどの部分が欠けても、うめちゃんはこの家にいなかったかもしれないですよね。これは司法書士の仕事に限った話ではないですが、自分が関与したことって、こういう風に目に見えるかたちでも、おそらく目に見えない部分でも、全部つながってるんだなと改めて思います。
  • ホントに。何かインタビュー前には予想もしなかった大きな何かを今、感じています(笑)。
  • 特に司法書士の仕事って、依頼者の方の生活・人生が一本の線であるとしたら、タイミングとしてはその線上にある特殊な点の部分に対して、普通とは違う角度で接することになるじゃないですか。そういう点がまた何か思いも寄らない別の点につながっていくみたいな。だからこそ、というわけでもないんですが、受ける仕事については、何でもかんでもみたいな風には思ってはやっていないんですね。もともと私ってよく営業っ気がないと言われるんですけど、自分の気持ちの部分も理由として大きいのかなと思ってて。ありがたいことに仕事の依頼をたくさんいただけている中で、事務所をどんどん大きくしていこう、みたいなことは全く考えていないので、どうしても私が関わることができる範囲に限界はある。仕事のパフォーマンス的な観点に立つと、気持ちの部分で器用ではない自覚があるので、その気持ちをどう乗せていくか、というのは欠かせない部分でもあって、お仕事ください、という闇雲な誘致はそのベクトルとは正反対になってしまうというか。逆に、どうしても中村さんにお願いしたい、という気持ちには、応えたくなる性分があるのかもしれません。うめちゃんの里親探しのときも然りで(笑)。

    里親探しについては、直接仕事として取り組んだわけではなかったですが、起点としては仕事として携わった遺言執行から始まったことですよね。司法書士としての仕事は、自分と世の中との接点だったり媒介のようなものなのかもしれないな、とも思います。これから先いつまで司法書士として依頼をお受けしていくのかという意味では、あくまでも有限である仕事を通して、自分に何ができるのかな、というのは楽しみでもありますし、司法書士の仕事って、悪くないな、と思います。


Page Top↑